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25歳の艦長海戦記―駆逐艦「天津風」かく戦えり (光人社NF文庫)
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| ジャンル: | 歴史,日本史,西洋史,世界史
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なぜソロモンが前線だったのか
若輩者が次々に部下を統率する戦争末期(20代の戦隊長、飛行隊長、艦長)などにあって部下を統率するにはやはり信頼が重要だと感じました。
b-25の編隊空襲に対抗する見事な弾幕を張る機銃手、砲雷長は職人でした。
アメリカ軍もこの駆逐艦は簡単に撃沈できると思ったのかもしれませんが、天津風一同の頑強なる抵抗に「なんだこの駆逐艦は!」と驚いたのではないでしょうか。(彼らは興味を持ったのか天津風は度重なる偵察を受ける。)陸に上がって陸戦隊をやる海軍は残念なことなのかも知れません。
南京虐殺は戦時のアメリカ軍の日本国民への純然たる軍事心理作戦ですから誤解なさらぬようにしていただきたいと森田氏に申し上げたいです。
組織をまとめるということ
森田艦長は弱冠25歳にて本艦の艦長を命ぜられたわけだが、着任にあたり、乗組員に「自分は若輩にて不安かもsれないが、開戦当初より、前線で戦ってきており、前任の田中艦長より18期も下であるが、なんら心配はない」と訓示し、冒頭からこの200名の組織をまとめることに苦心している。
幸いというか不幸にしてというか、天津風は激しい攻撃を幾たびも受け、危機に見舞われるのだが、こうしたタイミングで全員が一致して事にあたる、という姿勢が非常に重要だ。乗組員は森田氏のもと、団結して働く。チームワークが上手くいったのは、日頃からの森田氏の取組み姿勢や行動を皆が「信頼していた」からではないだろうか。
私の肩には重すぎる
25歳という若さで駆逐艦<天津風>の艦長となった森田氏の記録。二次対戦末期における日本の船団護衛・終戦後の武装解除などが、冷静な筆で記されている。 今の自分とさほど歳の変わらぬ青年の肩にこれほど多くの物がかかっていたなどとは、読むまでまるで考えたこともなかった。果たして今の自分に彼ほどの決断が出来る物であろうか……
光人社
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